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山形地方裁判所 昭和37年(モ)60号 判決 1963年3月18日

申立人 宅井寅治

外六名

申立人等代理人弁護士 古沢久次郎

被申立人 金野定吉

外八名

被申立人等代理人弁護士 津田晋介

主文

申立人等の本件申立は何れも之を却下する。

申立費用は申立人等の負担とする。

事実

申立人等代理人は、山形地方裁判所酒田支部昭和三六年(ヨ)第二九号申請人金野定吉外八名被申請人宅井寅治外七名間の取締役等職務停止及職務代行者選任の仮処分申請事件につき同庁が昭和三十六年十月二十三日付を以てなした仮処分決定は之を取消す、申立費用は被申立人等の負担とするとの判決を求め、その理由として、

一、山形地方裁判所酒田支部は、申立の趣旨掲記の仮処分申請事件につき、昭和三十六年十月二十三日付を以て、訴外港タクシー株式会社の取締役兼代表取締役である申立人宅井寅治、取締役である申立人山田正信、同池田竜治、同高橋勇、同加藤伝治、監査役である申立人佐々木禎助、同田村昂一、訴外奥山仙治(その後死亡)の各職務の執行を停止し、且つ代表取締役職務代行者として訴外加藤勇を、取締役の職務代行者として被申立人岡部正美、同長坂弥一郎を、監査役の職務代行者として被申立人池田輝吉を夫々選任し、同月二十五日右決定に基く職務執行停止及び代行者選任の各登記がなされた。

二、然るところ、右仮処分決定(以下、本件仮処分)により職務執行停止を受けた全取締役及び全監査役は、昭和三十六年十一月十九日辞任し、同月二十三日その旨の登記手続が経由された。次いで、昭和三十七年七月二十二日訴外会社の臨時株主総会に於て、取締役兼代表取締役として被申立人岡部正美、取締役として被申立人長坂弥一郎外三名、監査役として被申立人白井正外二名が新たに選任され、夫々就任を承諾し、同月二十三日その旨の登記手続が経由された。

三、而して、本件仮処分は、昭和三十六年九月十六日申立人等を取締役又は監査役に選任した株主総会の決議(旧役員解任の決議も共になされた)の取消訴訟の判決確定に至る迄取締役又は監査役としての職務の執行を停止し、各々その職務代行者を選任したものであるから、職務の執行を停止された全員が辞任し、且つその直後の株主総会に於て新たに取締役及び監査役が選任された以上右選任の決議に瑕疵ありや否やは別に審究せらるるとしても、一応の選任があつたのであるから、仮処分を以て旧役員の職務の執行を停止するということは無意味であり、職務代行者を存置する必要がなくなつたことは議論の余地がない。

従つて、本件仮処分は、右のような極めて明確な事情の変更により、商法第二百七十条第二項、民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十七条によつて、他の点につき審究する迄もなく当然取消されるべきものである。

と陳述し、疎明として、甲第一、二号証を提出した。

被申立人等代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁として、

申立人等の主張は、本件仮処分のなされた後、右仮処分によつて職務執行停止の処分を受けた申立人宅井寅治等が、昭和三十六年十一月十九日夫々取締役、監査役の職を辞任し、且つ、その後の株主総会に於て新たに取締役及び監査役が選任されたのであるから、最早仮処分を以て旧役員の職務の執行を停止することは無意味であり、職務代行者を存置する必要がなくなつたものである、と謂うにあるが、然し乍ら、仮処分によつて選任された職務代行者の存在は、仮処分決定当時の取締役、監査役の地位の存在を前提とするものではない。そのような考えは、職務代行者を目して、職務を停止された者の代理人乃至代表者と考える立場に基くものであつて、仮処分の本質を誤解しているものという外はない。仮処分によつて選任された職務代行者の地位の基礎は、仮処分命令自体に在るものであつて、本件仮処分がなされて後に、申立人等がその職務を辞任しても、そのことが直ちに本件仮処分を取消すべき事由となるものではない。と陳述し、甲号証は全部その成立を認めると述べた。

理由

一、よつて案ずるに、成立に争なき甲第一、二号証によると、申立人等主張の一、二の各事実を一応肯認することが出来て、他に之に反する疎明は存在しない。

二、而して、右の如く、取締役、監査役の職務執行停止代行者選任の仮処分に於て、之等職務執行停止者を解任し、或いは職務執行停止者が自発的に辞任した場合、之に代るべき新取締役監査役を選任する旨の株主総会決議の効力如何という問題に関しては、従来より、

第一、仮処分の目的を破壊する結果を招来することが明白であるとして無効とする説、

第二、反対に、決議が有効であることは勿論、通常の場合には代行者の地位権限が当然消滅することを前提とする説、

第三、及び、之等を折衷し、決議自体は有効であるが、代行者の地位権限は之により当然消滅することなく、唯、民事訴訟法第七百四十七条、第七百五十六条に所謂事情変更に該当するものとして、仮処分取消の事由となるに止まるとの説、

が夫々対立しているところである。

思うに、本件仮処分の趣旨は、訴外港タクシー株式会社が、昭和三十六年九月十六日の株主総会に於て、申立人等を同訴外会社の取締役及び監査役に選任したのに対し、之等の役員の職務の執行を停止すると共に、之が代行者を選任したものであることに止まり、その後の昭和三十七年七月二十二日に招集された同訴外会社の株主総会の決議を制限若しくは禁止したものでないことおのずから明白であるから、右株主総会は、本件仮処分の趣旨と牴触しない以上、会社の最高意思決定機関として、その権限に属する如何なる事項についても決議をなすことが出来るものである上に、却つて、右総会に於ける役員選任の決議は、一旦役員に選任された申立人等が昭和三十六年十一月十九日全員辞任した結果、重要なる会社機関の欠缺を生じていたため、之を整備する必要より出たことが明白なのであるから、何等本件仮処分の趣旨に違反せず寧ろ有効な措置と言わねばならないのである。

一方、裁判所によつて選任された職務代行者の地位は、裁判所が民事訴訟法の規定により、その自由なる裁量に基き之を選任する仮処分命令自体に職由するのであつて、職務停止者の代理人と目すべからざるは勿論、当該会社の本来の機関と見るべきでもないから、結局、裁判所によつて創設された独自の職務権限を持つ特別な職務執行者であり、唯、その執行すべき職務権限の本質と範囲が、職務執行停止を命ぜられた者のそれと原則的に一致するに過ぎないと解するのが相当である。従つて、新役員の選任により、代行者の地位が当然消滅するとの見解には、にわかに賛同することが出来ない。

かように考えて来ると、前記諸説の内、第三の見解が最も妥当であると言うべきことになるので、申立人等の主張が理由有るものの如く一応考えられないではないが、本件には更に検討を要すべき問題点が所在するようである。

三、即ち、訴外港タクシー株式会社に於ける前記昭和三十六年九月十六日及び昭和三十七年七月二十二日の株主総会の決議をめぐり、本件仮処分取消事件の外、当裁判所に(中略)三訴訟事件が目下係属中であることが、当裁判所に顕著である。そして、当裁判所に顕著な右事実と前記本件に於て疎明された事実とを綜合すると、次のような事実が一応認められる。

(一)  昭和三十六年九月十六日訴外会社の株主総会に於て、従来の取締役、監査役全員の解任(以下、旧役員の解任)及び之に代るべき取締役、監査役の選任(以下、新役員の選任)決議がなされたこと、

(二)  昭和三十六年十月二十三日本件仮処分が発令されたこと、

(三)  昭和三十六年十一月十九日新役員全員が辞任したこと、

(四)  昭和三十六年十一月二十四日旧役員の解任及び新役員の選任決議の無効確認若しくは取消を求める訴、昭和三六年(ワ)第二五七号事件が提起されたこと、

(五)  昭和三十七年七月二十二日訴外会社の株主総会に於て、現在の取締役及び監査役の選任(以下、現役員の選任)決議がなされたこと、

(六)  昭和三十七年八月十一日現役員選任決議の取消を求める訴、昭和三七年(ワ)第一八五号事件が提起されたこと、

(七)  昭和三十七年八月十八日現役員の職務執行停止及び代行者選任を求める仮処分、昭和三七年(モ)第九八号事件が申請されたこと。

四、そこで、右の事実によつて考えるに、

(一)  先ず、昭和三十六年十一月十九日に新役員全員が辞任しているので、本件仮処分の本案訴訟(昭和三六年(ワ)第二五七号事件)に於て審理の対象となるべき権利関係は既に消滅に帰し、その結果、右本案訴訟の内、新役員選任の無効、取消を求める部分は法律上の利益を失つており、勢い本件仮処分の被保全権利も消滅しているかの如き観がないではない。然し乍ら、決議の無効は訴以外の方法によつても主張することが許されるのに対し決議の取消は、商法第二百四十七条に定める取消の訴によつてのみ主張することが可能なのであるから、訴の対象となる決議により選任された新役員がその後に於て全員辞任しても、新役員の選任より辞任に至る迄の間に於て、会社内部及び第三者に対して生じた法律関係を遡及的、対世的に無効とならしめる必要性は少しも失われることがないので、右決議の取消を求める訴には尚訴の利益があり、争となるべき権利関係は依然として存続しているものと解すべきである。そうだとすると、本件仮処分の被保全権利が消滅したことにはならないのである。

(二)  次に、昭和三十七年七月二十二日の現役員の選任決議に対し「決議の方法」に瑕疵が有ることを理由に、之が取消の訴が提起され、その上、現役員の職務執行停止及び代行者選任の仮処分申請がなされている状態にあることを考えると、若し本件仮処分が取消された場合、当裁判所は更に、適任代行者を選任しなければならない職務を負担するに至るかも知れず、かくては、徒らに同様な紛争状態を繰返えし惹起することが当然予想されるところである。飜つて、商法第二百七十条に定める職務執行停止及び職務代行者選任の制度は、かかる会社内部の無益な紛争の反復を防止すると共に、会社の最高意思決定機関たる株主総会が、速かに適法妥当なる決議の下に会社機関を選任し、以て自律的に会社の規律を確立すべきことを期待することも一つの目的として、暫定的、仮定的に代行者の選任を裁判所にゆだねたものと推知されるから、本件の如き事案に於ては、本件仮処分の効力を存続せしむべき必要性は毫も失われていないと考える外はない。

(三)  又、以上のような見地に立つ場合、申立人等主張の、新役員の辞任及び現役員選任の各事実が、本件仮処分を取消すべき事情の変更が存在する場合に該当しないものであることは、今更詳言する迄もない。前第二項に掲記した第三の折衷説は現役員の選任が適法で、その選任決議に対し取消の訴等が提起されていない場合に採用されるべく、之と事情を異にする本件には必ずしも適切でないと言わねばならない。

五、果して然らば、本件仮処分には未だ、被保全権利及び仮処分の必要性の消滅、その他之を取消すべき事情変更の存在につき、何れも疎明がないことに帰するので、本件申立はすべて理由がなく却下を免かれないものと言うべきである。よつて、申立費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十三条を各適用した上、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 西口権四郎 裁判官 石垣光雄 加藤一隆)

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